はてなブログ初心者だった私が、ブックマークの本当の意味を知った日
2025年8月19日。
はてなブックマークが正式リリースから20周年を迎えた。
「わたしのはてなブックマーク」という特別キャンペーンも開催されており、これはぜひ参加してみたいと思った。しかし正直に言うと、つい最近まで僕は「はてなブックマークとは何か?」という状態であった。
今日はそんな僕が、ブックマークの本当の意味に気づいた小さな物語を書いてみたいと思う。
知らなかった「ブックマーク」
ー2025年7月25日、私はブログを始めたー
ブログを始めたばかりの右も左もわからない頃、はてなブログのダッシュボードのページの「デザイン」をいじっている最中に「ブックマーク」という機能を見つけた
しかし、「これは一体何をするものなのか」と首をかしげるばかりであった。保存ボタンのような気もしたが、どうやって使うのか、皆目見当がつかなかった
一応、このボタンを僕のblogに追加した
しかし、そのまま理解できないまま、長らく放置してしまった
ずっとわからないまま…
時間が経っても「ブックマーク」という言葉は謎めいた存在のままであった
20周年キャンペーンのテーマ「#わたしのはてなブックマーク」を目にしても、
「いやいや、わたしのブックマークって言われても、そもそもブックマークって何のこと?」
……そんな心境で、どこか他人事のように眺めていた
保存できない!? 出会いの瞬間
そんな僕に転機が訪れたのは、ある日のことだった
フォローしている方の記事を読んで、「この記事をはてなブログに保存したい!」と強く思った
👇こちらがその記事!
しかし、保存できなかった。なぜなら「はてなブックマーク」のアイコンが存在しなかったからである
「ああ、これがブックマークが必要な理由か...」
その瞬間、初めて心からその存在に興味を抱いたのであった
やっと見つけた!
物は試しと、別のフォローしている方の記事をブックマークしてみた

👇こちらがその記事!
保存はできたものの、今度は「どこに保存されたのだろう?」と混乱した
はてなブログのトップページを見ても、見当たらない
「えっ、これ、役に立たないのでは?」
と、ブックマークに対する否定的な感情が込み上げてきた
しかし検索してみると「はてなブックマーク」のトップページを発見!!
👇こちらがはてなブックマークのトップページ
マイページからブックマークをクリックすると……

そこにはきちんと保存されている記事があった
思わず、「ああ、やっと会えた!」とほっとした気持ちになった
はてなブックマークに「贈る言葉」
今では「あとで読む」という便利な機能もあることを知った。

しかしそれは、僕がもっとはてなブログを使いこなせるようになってからのお楽しみである
僕にとっては、ブックマークは単なる記事の保存ではないと思う
一期一会の感動を、手元に留めてくれる宝箱
だと思う(少し大袈裟ですかね...でも僕にはそう感じます)
はてなブックマーク20周年、おめでとうございます🎊
そしてこれからも——
一期一会の感動を、手元に留めてくれる宝箱として、よろしくお願いいたします🌸
(⇑ この上に「わたしのはてなブックマーク」にまつわるエピソードを書いて投稿してください)
はてなブックマーク20周年記念 特別お題キャンペーン #わたしのはてなブックマーク
SFを超えた現実――“全脳オルガノイド”は人か、生命か?倫理と哲学を問う

今週のお題「これに影響を受けました!」
脳オルガノイドとは、人間のiPS細胞やES細胞を使い、三次元的に培養して作られた“ミニチュアの脳”だ。シャーレの中で立体的に成長するこの組織は、大脳皮質や海馬など特定の領域を再現し、発達や疾患の研究に使われてきた。
ただし従来型は、脳の一部領域ごとに別々に作られるため、全体のネットワークや複雑な機能を再現する(つまり、完全な"脳"をつくること)のは難しかった。
この制約を超えて、完全な脳に近いものを生成するのが「全脳オルガノイド」である。ジョンズホプキンス大学の研究チームは、人間の大脳・中脳・後脳、脳の血管をiPS細胞を使ってそれぞれ別々に培養後、これらを「生体の接着剤」とも言える特殊なたんぱく質でひとつに合体させることで、全脳オルガノイドを完成させた。
結果として生まれた全脳オルガノイドには、ヒト胎児の初期発達段階に見られる細胞タイプの約80%が揃い、発達段階としては胎児40日齢ほどの脳に相当することが確認されたという。
とうとうSFで描かれるような世界が実現してしまった。映画や小説の中でしか見なかった未来が、試験管の中で作られたという現実... 背筋がぞくりとするのは、そこに“生きている何か”を感じてしまうからだ。
もし、この全脳オルガノイドが自我を持ったら?
想像すると、頭の中が混乱する。おそらく、その性格や特性はiPS細胞の提供者に似るだろう。DNAがそうであるように、オルガノイドの中に刻まれた情報もまた、その人らしさを宿すに違いない。そう考えると、提供者は親のような存在になるのだろうか。
では、その存在を“人”と呼ぶのか、“生命”と呼ぶのか。私の考えでは、それは人間ではないが、間違いなく生命である。脈動する電気信号は、単なる実験データではなく、そこに意志の芽が宿る予兆のようにも見える。
さらに思うのは、これが生成AIに代わる新たなパートナーになる未来だ。文字や音声ではなく、電気的なシナプスのやり取りで会話を交わす“生きた知性”との対話。嬉しいような、怖いような、複雑な感情が胸に広がる。
もし全脳オルガノイドが肉体を持ち、人造人間としてこの世に現れたらどうなるのだろう。社会的契約は有効なのか。自我を持つ存在なら、当然その権利を認めるべきだと私は思う。
極端で、人によっては気味悪い話かもしれないが、人造人間同士、あるいは人造人間と自然人間が結婚する未来はあるのだろうか。繁殖能力を持った場合、そこから生まれる生命は、普通の人間として社会に受け入れられるのだろうか。
科学は、いつも想像より早く未来を連れてくる。その未来に、私たちはどんな顔をして向き合えばいいのだろうか...
「陸の孤島」と化した調布駅に、帰宅困難者を救うヒーローがいた
16時半前。教職の集中講義が終わって、やっと開放感に浸れるはずだった。
駅に向かう足取りも、少し軽かったと思う。
――あの光景を見るまでは。
なんだこの人混み。
改札を抜けると、一気に景色が変わった。
ざわざわ、ざわざわ、何かがおかしい。
何か…異常事態だ。
京王線が…止まってる? 倒木の影響で運転見合わせ??
どうやら、若葉台方面の相模原線は完全にアウトらしい。
これはまずい。私はまさにその路線沿いに住んでいるのに。
状況を理解するよりも先に、ただ呆然とするしかなかった。調布駅、まさに「陸の孤島」だった
目の前には、見たことのないほどの人がバス停に押し寄せていた。
あんなに広かったはずのロータリーが、人で埋め尽くされている。
ただ立っているだけなのに、息苦しさすら感じるほどの密度。

その中で、テレビカメラが回っていた。
「…うわ、TBSだ」
すぐ隣にいた人がインタビューを受けている。
テレビ越しでしか見たことない風景。「へえ...本当にこんな取材あるんだな~」と少し感心した。実際、感心している余裕はないけど。
帰る方法が、ない
京王が止まっているなら、他の手段を考えるしかない。
バスでどこか別の駅まで出て、そこから小田急線に乗り換えるルートしかない。
狛江行きのバスに並ぼうとしたけど… 無理。人が溢れすぎ。
ふと、遠くから声が聞こえた。
「成城学園前行きのバスを乗る方はこちらに並んでくださーい!」
このタイミングで誘導してくれる運転手さん、まじで神です!!
一縷の望みをかけて、列に加わった。
並んでから10分くらいでバスが来た。
運がよかったとしか言いようがない。
バスという密室戦場で、ヒーローは運転手だった
ぎゅうぎゅう詰め。
これでもかというくらい人が押し込まれ、私は一番後ろの席のすぐ前、吸い込まれそうなスペースに立っていた。
それでも、運転手さんは諦めなかった。
「お客様、もう少し中ほどまで詰めてください!」
声を張り上げながら、1人でも多く乗せようと必死だった。
その姿に、思わず「頑張って…!」と心の中で応援していた。
途中のバス停で、並んでいる人たちを見てまた胸が詰まる。
「大変申し訳ございません。ただいま満員でご乗車になれません。」
車外スピーカーから、丁寧すぎるほどの謝罪。
誰も乗れないまま、バスはその場を離れていった。
あの瞬間の申し訳なさ、忘れられない。
降車があるたびにまた人が押し寄せ、運転手さんは何度も何度も案内していた。
「お客様、もう少し中ほどまで詰めてください」
…もう、ほんと、ありがとう。運転手さんの背中が本当にカッコよく見えた。
2時間半の帰路、ようやく家にたどり着く
18時。成城学園前に着いた。
そこから電車に乗り継ぎ、家にたどり着いたのは19時少し前。
普段なら30分で帰れる道のりが、今日は2時間半。
思わず、靴を脱ぐよりも先に「はぁ…」と座り込んでしまった。
疲労感というより、魂がどこかに置き去りにされたような感覚。
でも、無事に帰れてよかった。そう思わなきゃやってられない。
「当たり前」の裏側にいる、誰かの努力を思い知った日
正直、かなりしんどかった。
でも、忘れられないのは、バスの運転手さんの姿。
イライラせず、声を荒げず、ただ淡々と丁寧に、混乱を収めようと動いてくれていた人たち。普段バスを利用している、地域の方々の協力や我慢。
今日の私は、ただの1人の帰宅困難者だったけど。
そんな1人にも、静かに手を差し伸べてくれた人がいた。
「陸の孤島」と化した調布駅で見た、混乱とヒーローたちの話。
きっとまた、すぐに日常は戻るけど。
あの2時間半は、もう少し余韻に浸りたい。
90万人減少の衝撃 少子高齢化は、日本にとって“悪”なのか?
日本の人口が90万人減少。だが、少子化は本当に“悪”なのか?「善」と「悪」の二項対立を疑い、人口減少を別の角度から見つめ直す。
序章:90万人減少という現実
日本国内に住む外国人を除く「日本人」の数が約90万人減少したという、衝撃的なニュースが報じられた。この事実に、多くのメディアは「危機」「衝撃」といった言葉を並べている。確かに、数字だけを見れば歴史的なインパクトがある。
だが、私たちはこの「人口減少」を、本当に“悪”と断定してよいのだろうか?
「少子化=悪」は本当か?
なぜ私たちは、少子化や人口減少を「問題」「悪いこと」として認識するのか。それは長年にわたり、社会や政策、メディアによってそう“刷り込まれてきた”からに他ならない。
しかしここで立ち止まって考えたい。
「悪」とは何か?「善」とは何か?
「善・悪」は人間が作り出した“概念”にすぎない
自然界には、「善」も「悪」も存在しない。獲物を狩るライオンに「悪」のラベルを貼ることはないし、自然に咲く花に「善」と名づけることもない。
「善悪」は、社会的文脈や文化によって人間が後天的に定義してきた“概念”なのだ。
つまり、人口が減ること自体に“善悪”をつけること自体が不自然とも言えるのではないだろうか?
逆の世界線:少子化が「善」とされていた時代
まずわれわれは、わが国の人口増加率が、アジアでは最低なるが故に“心配は無用だ”という
錯覚を、直ちにすてるべきである。現在の年間人口増加率1.3%は、たしかにアジアでは格段に低い。
しかしこの低率をもってしても、日本の人口は、毎年ほぼ130万人ずつ増加している。
さらに人口統計専門家の計算によると、日本の人口は、現在の低増加率で進んだとしても、50年後
には約1億4千万以上に達することは、必定だという。
この大きな人口の生活を支えるための、住宅、公共施設,工場,発電所,水源、そして農地を、こ
のせまい国土のどこにどう割りこませたらよいのか。また、人口増加によってさらに必要が増大する
海外エネルギー源, 原材料、食糧の輸入をどう確保するのか、その輸入のための外貨をどう稼ぐのか。
それらの諸活動と、環境保全,公害防止をどう両立させるのか。https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/14213805.pdf より引用 1974年 第1回日本人口会議の概要
視点を変えれば、少子化が“善”と捉えられた歴史もある。
これらはすべて、「人口増加=悪」、「人口抑制=善」という文脈で語られていた。つまり、社会の状況次第で“善悪の軸”は容易に反転するのだ。
じゃあなぜ今、人口が減っているのか?
一言でいえば、「人類が進化」したからだ。
-
小児死亡率の劇的な低下
-
家庭を持たずとも自由で楽しく生きられる社会
-
子どもを「労働力」と見なす価値観の終焉
これらはすべて、社会が豊かになった結果。つまり、人口減少は「豊かさ」の裏返しとも言える。
もはや「政治」がどうにかできる問題ではない
少子化対策に巨額の予算が投入されているが、それで人口が急激にV字回復する兆しはない。それは当然だ。
人口の増減は、政治の思惑を超えて、**もはや「食物連鎖」や「気候変動」に近いレベルの“自然現象”**に近づいているからだ。
人口を増やすには、「社会の再設計」が必要

もし本気で人口を増やしたいなら、単なる経済的インセンティブや支援金では足りない。
人類全体の価値観や生き方そのものに、まだ見たこともない、人類が未だ知りえない ような(各々の潜在的な意識レベルまで含めた)抜本的な変革が求められる。
-
子育て=自己実現
-
コミュニティの再設計
-
教育、雇用、暮らし、すべてを巻き込んだ「新しい社会モデル」
少子化は“善”と解釈することもできる
少子化がもたらすポジティブな側面にも目を向けたい。
-
食料の安定供給化による資源バランスの調整
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人間が自然に与える圧力の軽減
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小規模社会ゆえの、政策のきめ細かい実行
「善」「悪」のどちらにも偏らず、冷静に副作用と恩恵を同時に見つめる視点が必要だ。
結論:「悪」と「善」で分けることをやめてみよう
最後に強調したい。
私は「人口減少歓迎!」と声高に叫ぶつもりはない。むしろ危機感を持っている人間であるままだ。
だが、「人口減少=悪」という反射的な二項対立のラベリングには疑問を持ちたい。
世の中の多くの現象は、「善悪」の軸だけでは語れない。
時代や立場が変われば、評価も変わる。だからこそ、
私たちはまず、その“分け方”自体に疑いの目を持つ勇気が必要なのではないだろうか?
レウォトビ火山が噴火!日本にも影響あるの?地震や津波の可能性を徹底検証!
今日、インドネシア・レウォトビ火山が大規模な噴火を起こし、世界中が注目しています。噴煙は高さ19kmにまで達し、日本国内でも「地震や津波に影響があるのでは?」という不安の声が高まっています。果たして日本への影響はあるのでしょうか?専門家の見解や防災のポイントまで徹底検証します。
レウォトビ火山とは?2025年の大噴火の全容
インドネシア・フローレス島東部に位置するレウォトビ火山(Lewotobi Laki-Laki)は、双子火山として知られ、男性峰(Laki‑Laki)と女性峰(Perempuan)の二つの峰から成り立っています。過去にもたびたび噴火を繰り返しており、2024年11月には約3万人の住民が避難する事態となりました。
そして2025年7月7日と8月1日と今日、さらなる活発化が確認され、噴煙は高度19kmという驚異的な高さにもなりました...これは航空機の飛行高度を超える規模で、航空便の欠航や旅行者への影響も出ています。
地震や津波のリスクは?火山噴火と日本の関係性
直接的な「連動」はあるのか?
「レウォトビ火山の噴火が、日本の地震や津波を引き起こすのでは?」という疑問がSNSなどで話題になっています。しかし、現時点で明確な因果関係は科学的に確認されていません。
地震と火山活動は共に「地殻変動」に関係しますが、数千キロメートル離れた地域での直接連動は非常に限定的。日本とインドネシアはともに「環太平洋火山帯(リング・オブ・ファイア)」上にありますが、それぞれのプレート境界が異なるため、影響は局所的にとどまると考えられています。
津波の危険性は?
気象庁は、今日のレウォトビ火山噴火による津波の影響はないと発表しています。
過去の類似事例では、火山噴火に伴う火山性地震や水中爆発が津波を引き起こしたケースもあります!(3年くらい前のトンガの海底火山噴火がその例です...) ただ基本的には、日本まで届くことは極めて稀です。
レトウォビ火山ってなんでこんなに頻繁に噴火するの?
レトウォビ火山は、インドネシアの小スンダ列島のフローレス島にある火山です。
「インドネシア・レウォトビ火山で大規模な噴火 噴煙は高度約19000m」, ウェザーニュース. 参照: 2025年8月2日. [Online]. Available at: https://weathernews.jp/news/202508/020056/
実は、インドネシアの西スンダ弧は、地球上で最も活動が盛んな火山地域の一つです。有史以前から、今回の噴火よりもさらに大きいカルデラ噴火(日本列島全域を灰で覆うクラスにやばい噴火、日本でも約7300年前に鬼界カルデラの噴火が起きた...)が頻繁に起きているそうです...
「鬼界カルデラは9000年かけてマグマが蓄積し巨大噴火したと判明 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト」. 参照: 2025年8月2日. [Online]. Available at: https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/24/092600524/
「インドネシア・スンダ弧におけるカルデラ噴火とカルデラ火山の特徴」. 参照: 2025年8月2日. [Online]. Available at: https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc/116/9/116_9_473/_article/-char/ja/
そのこともあり、今回の火山噴火による日本のプレートに与える影響は少ないとみていいと思います。ただ日ごろから地震や火山噴火の備えは必要ですね!
もしものために:日本で私たちができる備え
万が一のリスクに備えることは、どんなときでも重要です。以下の防災チェックリストを今こそ確認しましょう。
なぜ今、火山噴火が相次いでいるのか?
世界では2025年に入り、複数の火山で噴火が報告されています。これは一時的な地殻の緩みや、海底プレートの動きによりマグマが上昇しやすくなっているからとも言われています。
また、火山活動が活発化すると気候変動や航空業界、観光業への影響も出やすく、世界中の注目が集まるのも納得です。
まとめ:過度に不安になるより、正しい知識と備えを
今回のレウォトビ火山の大噴火は、確かに衝撃的でしたが、日本への直接的な影響は今のところ限定的です。ただし、地球全体で火山活動が活発化している今、防災意識を高めることは何よりも大切です。
「不安な情報に流されず、正しい知識と準備で冷静に行動する」
これが、いま私たちにできる最大の対策かもしれません。
よくある質問(FAQ)
Q1:レウォトビ火山の噴煙が日本に届くことはある?
A:噴煙の高さは19kmですが、風向きや気象条件により日本に届く可能性は非常に低いです。
Q2:噴火で日本の地震が増えることはありますか?
A:地震と噴火は同じ「地殻変動」に関わる現象ですが、地域が離れているため直接的な連動は証明されていません。
Q3:津波が発生する確率は?
A:今回の噴火では気象庁が「津波は観測されていない」と発表しています。過去にもレウォトビ由来の津波の記録はありません。
Q4:今後、富士山も噴火する可能性は?
A:日本の火山監視は24時間体制で行われており、富士山も含めて異常があれば即座に報告されます。
Q5:防災対策、何から始めるべき?
A:非常用持ち出し袋の用意と避難経路の確認、災害情報アプリの導入が基本です。
災害の備えを、万全にすることが大事ですね!
「古文不要論」「理科不要論」への応答 ── 教育の多面的な価値を見つめ直す
↑以上の記事に触発されて、(野暮な素人ですが)アンサーブログを書いてみました!
【導入】「この教科いらない」論の再燃とその背景
SNSを眺めていると、定期的に「この教科はもういらない」「役に立たなかった」という声が盛り上がる。「古文は現代社会に不要」「数学は社会に出てから使わない」──そんな議論が繰り返されるのは、なぜだろうか。
それらは単なる個人の実感にとどまらず、社会の中で教育にどんな期待が寄せられ、どんな誤解があるかを反映している。
ここでは、そうした「科目不要論・必要論」が繰り返される背景を、自称教職を真面目に履修した中途半端な専門家気取りうぬぼれ野郎の私が考えてみることにした。
【Ⅰ. なぜ「この教科いらない論」が繰り返されるのか?】
1. 誰もが経験しているから語りやすい
教育は、ほぼすべての国民が一度は通る道だ。そのため、専門的知識がなくとも自らの経験に基づいて語りやすい。「私は古文が苦手だったから不要」「数学は受験のためだけだった」という実感は、たしかに個人の真実だ。
だが、個人の体験があまりにも強調されると、教育の本来の意図や社会的機能が見失われる危険がある。
2.教育万能論、責任転嫁
いじめ、貧困、メンタルヘルス、ジェンダー問題、AIリテラシー……多様な社会課題が「教育でなんとかできるはずだ」という幻想に包まれることがある。
「この教科があれば問題は起きなかった」「この教科が無駄だったから社会が歪んでいる」といった単純化は、教育の限界と社会制度の複雑さを無視している。教育が社会のすべてを背負わされてしまう状況は、きわめて不健全だ。
3. SNSやメディアによるセンセーショナルな拡散性
「古文はいらない」「道徳教育は意味がない」といった刺激的な発言は、SNSによって拡散されやすい。
その結果、短絡的で感情的な意見が目立ち、深い議論や反論が埋もれてしまう。(政治についてもそういう傾向が日本でも見られるようになった...)
知識や制度の背景に目を向けず、結論だけを切り取る風潮が議論の浅さを助長している。
【Ⅱ. 「不要論」にどう応えるか?──私の反論】
1. そもそも教育の目的が違う
学校教育には、単なる知識習得、社会への活用以上の目的がある。教育基本法の第一条にも「教育は人格の完成を目指し...」と述べられているように、本来、(少なくとも日本において)教育は人格を陶冶(才能や資質を鍛え、高めること)することが目的の1つとして掲げられているの
陶冶には、形式的陶冶と実質的陶冶の2種類があるとされている:
-
形式的陶冶(形式教育):一つ一つの知識や技能を習得するのではなく、記憶力、推理力、創造力を伸ばすことによって一定の精神的な態度を習得させること (例: 古典や日本史を通じて、感受性や想像力、経時的思考力などを鍛える など)
-
実質的陶冶(本質教育):その教科固有の実用的な知識やスキルを習得し、具体的な学習を通じて精神の実質的側面を豊かにさせること。 (例:武道や茶道を通じて個々の技術や知識の習得を重ね、精神面まで高めようとする)
この観点から考えると、教育は本来社会の役に立つことを主眼に置いておらず(その観点も大事だけど)、個々の資質、能力を多面的に鍛え、向上させることを目的としていることがわかると思う。
2. 視野の狭さ
自分にとって役に立たなかったからといって、それがすべての人にとって不要であるとは限らない。
理系が文学を軽視し、文系が数学を軽視する構図に象徴されるように、「実感」に依存した評価は偏りが大きい。
むしろ「今はわからなかったけれど、将来になって教養として生きてくる」という形で知識が活用されることもある。引用したブログにも述べられているように、教育の価値は、時間差で効いてくるものなのだ。
3. 万能論への冷静な対処
教育だけでは、社会問題は解決しない。たとえば「道徳教育をすればいじめはなくなる」という主張は、道徳教育の役割を過剰に評価しすぎている。
実際には、家庭・学校・地域社会・制度・いじめの構造などといった複雑で多層的な構造が絡み合っており、教育はその中の一部でしかない。
教育の限界を認めることは、教育の価値を否定することではなく、むしろその現実的な可能性を見つめ直す出発点だ。
【Ⅲ. 教育制度の現状と「不要論」の交差点】
昨今の教育改革では、国語の中でも古典の比重が減ってきているという指摘もある。
高校教育では、以前に比べ古文・漢文の授業時間数が減少し、大学入試でも古典を外す学部が増えている傾向がある。
一方で、論理国語や情報科など、実用的・論理的思考力を重視する科目が重視されるようになってきた。
つまり、不要論ではなく、「どのように教えるか」「どう活かせるように構成するか」が問われているのである。
【Ⅳ. 現場と議論のギャップを埋めるために】
「必要派」も「不要派」も、それぞれに弱点を抱えている。
たとえば、ある現職教員が「古文は入試で必要だから」としか説明できなかったという報告もある。これは、教育の意義を語る際に「受験」に矮小化してしまう危うさを示している。
逆に、不要派も「つまらなかった」「使ってない」といった個人感情に寄りがちであり、他者との共有可能な価値を見逃している。
どちらも、自らの立場に閉じず、教育の社会的役割と文化的多様性に目を向けることが求められる。
【Ⅴ. 結び──教育と社会のよりよい対話に向けて】
「この教科はいらない」と断じる前に、その教科が持つ多面的な役割や、制度の文脈をもう一度見つめ直す必要がある。
教育は単に「今役立つこと」ばかりを教える場所ではない。個人個人の資質や才能を見出し、磨き上げることで、将来その才能を発揮することを支援する場である。
教育がすべての問題を解決できるわけではない。しかし、問題を考える出発点として、教育が果たす役割は大きい。
「いらない教科」に対して感情的に反応するのではなく、その問いに真摯に向き合い、議論の質を高めていくことが、私たち一人ひとりに求められている。
コメント、反論、歓迎です!!(反論めっちゃきそ~💦💦)
生成AIで参院選を予測?ChatGPTのシミュレーション結果を本物と比べてみた
筆者が実際にChatGPTを用いて仮想選挙をシミュレートしてみたところ、予想以上にあり得ない結果に…。このブログでは、ChatGPTによる仮想参院選のシミュレーション内容と、その結果を実際の選挙と比較しながら、AIの限界と可能性についてリアルに検証していきます。
ChatGPTで選挙予測してみようと思ったきっかけ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC03CCR0T00C25A7000000/
このニュースに触発されてこの試みは始まりました...特に、ChatGPTのような言語モデルに政治的知識や過去のデータをもとに、仮想的に選挙結果を導き出してもらったら、果たしてどれほど現実的な予測ができるのか?
今回の検証対象は、無料版のChatGPT(GPT-4o)です。誰でも簡単に使えるという点で、「超ド素人の私がAIを使って選挙を予測したらどうなるのか?」という視点に立って検証してみました。
ChatGPTによるシミュレーション設定とプロンプト構成
使用モデルは、ChatGPTの無料版(GPT-4o)。
以下のようなやりとりで、仮想の参議院議員選挙を構築しました。
-
候補者を複数リストアップ
-
政党名、政策、プロフィール情報などを与える
-
選挙区の想定と有権者の設定
-
投票シナリオを複数提示
- 実際の選挙結果を一切参照しないように設定
- 実行時、Web検索機能を使用
結果はいかに...?
ChatGPTが導き出した仮想得票結果
生成されたシミュレーション結果は以下のとおりです。
AIが導き出した結果
| 候補者 | 得票数 | 割合 |
|---|---|---|
| 川村雄大 | 180 | 18.0% |
| 武見敬三 | 170 | 17.0% |
| 吉良よし子 | 120 | 12.0% |
| 奥村祥大 | 120 | 12.0% |
| 山本ジョージ | 80 | 8.0% |
| 奥村まさよし | 80 | 8.0% |
一部の結果は正しいものの、お世辞にも正確な予測ができたとは言えない結果に...
特に衝撃だったのは、実際の参議院選挙で出馬した当選有力の候補について、名前すら出てこなかったこと。そして有力候補の名前が出てきても、過小評価されたこと(検索機能を使っているにも関わらず...)
これは単なるデータ不足なのか、それともChatGPT特有の言語バイアスによるものか?
現実の選挙結果と比べてみた
実際の結果(補欠も含む)
| 候補者 | 得票数 | 割合 |
|---|---|---|
| 鈴木大地 | 772272 | 11.1% |
| さや | 668568 | 9.6% |
| 牛田茉友 | 634304 | 8.7% |
| 川村雄大 | 606181 | 8.7% |
| 奥村祥大 | 585948 | 8.4% |
| 吉良よし子 | 562443 | 8.1% |
| 塩村文夏 | 517885 | 7.4% |
参考: 日本放送協会, 「東京 選挙速報・結果 参議院選挙2025 – NHK」. 参照: 2025年7月26日. https://www.nhk.or.jp/senkyo/database/sangiin/13/
当然ながら、ChatGPTが導き出した予測と実際の選挙結果は大きくかけ離れていました。
-
実際の選挙では票を集めた無所属・有名人候補がChatGPTには登場しない
-
政党別シェアにも大きな乖離がある
-
世論や時事的なトレンドがまったく反映されていない
要するに、ChatGPTの予測にはリアルタイム性も民意の反映もまるでないということです。
なぜ生成AIに選挙予測は難しいのか?
選挙予測には高度な統計、膨大な有権者データ、そして時事ニュースの感情分析が欠かせません。
ところが、ChatGPTには以下のような制限があります。
-
直近の情勢や支持率、スキャンダルなどに反応できない
-
過去の学習データからしか情報を生成できない
-
票の決まり方に対するロジックや計量モデルをプロンプトに含めていない(私が知らないだけ...)
つまり、ChatGPTは「事実を予測」するのではなく「もっともらしい文章を生成」することが本質なのです!
一般人がChatGPTで選挙をシミュレートしても無理な理由
今回の実験で明確になったのは、ChatGPTのシミュレーションはあくまで仮想ドラマのようなものであり、現実の選挙結果を反映するには程遠いということ。
-
有権者心理や社会情勢を数値化できない
-
信頼性のある分析モデルを持たない
-
人間の意図や投票行動に対する「洞察力」がAIには欠けている
これは、AIの精度が低いというよりも、人間の選挙行動があまりに複雑すぎるのかも...
まとめ:ChatGPTで選挙分析するよりも政策比較などが現実的
今回の検証から得られた学びは次の通りです。
-
ChatGPTで参議院議員選挙を予測するのは現時点では不可能に近い
-
あくまで“仮想的な物語”を楽しむツールとして捉えるべき
-
政策比較や候補者情報の要約など、補助的な使い方には有効
今後、一般人でもAIが選挙予測にも活用される日は来るかもしれませんが、現状では一般人の使用方法で予測するのは難しい。
選挙は、数字だけでは測れない人の想いが詰まったイベントなのです。
FAQ:ChatGPTによる選挙予測に関するよくある質問
Q1. ChatGPTは選挙予測に使えますか?
→ 正確な予測はおそらくできません。文章生成のためのAIであり、リアルタイムの情勢分析は不可能だと思います。(ド素人の私がやったからかな...?専門的な知識を有する方ならもっと正確になるかも)
Q2. 無料版ChatGPTで選挙をシミュレートするには?
→ 上記の記事みたいに、候補者や政党、政策情報をプロンプトで入力すればお遊び程度の簡易的な仮想選挙結果は生成できます。ただし、信頼性はありません。
Q3. 有料版ならもっと精度が高くなる?
→ 誰か試してほしい!お願いします!m〇m おそらく変わらないと思います。
Q4. 今後、AIで正確な選挙予測は可能になりますか?
→ 精度の高いデータとSNS、動画分析などが組み合わされれば可能性はあります。実際にそれを試みる人もいるみたいです。ただ、それでも有権者心理の完全な予測は難しいと考えられます。(今後正確な予測ができるかもしれないけど...)
